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剣侠―新選組武勇列伝 & 裏語感想 & 幕末妄想

久しぶりの歴史小説。
主人公は
近藤勇・芹沢鴨・沖田総司・土方歳三・嶋田魁・相馬主計・斎藤一
の七名。

まだ相馬さんと斎藤さんは読んでいないのですが、なかなか面白いです。
特に気に入ったのは、嶋田さんのお話です。

縁の下の力持ち

というイメージは、私の中にもあります。

嶋田さんは副長助勤クラスにすらなっていないんですよね……。
でも、新選組の主な戦いには全て参加している
(池田屋事件は土方隊にいたのかな?ですが;)

でも、古高俊太郎捕縛に貢献していますし、局長や副長も伍長以上に昇進はなくとも、
非常に信頼していたのでしょう。

その恩や想いを返すかのように、戊辰戦争でも最後まで戦い抜いています。
また、戊辰戦争の幹部クラスとは違い、
新政府に出仕していないのも魅力の一つです。

他の幹部クラスは閣僚にまで上り詰めた方までいますからね……。

出仕の道を断り静かに働く、というのは何とも武士らしい
砂糖たっぷりの汁粉が好きな巨漢、と言うのも可愛らしくて良いですね♪

後は土方さんはやっぱり格好良かったな、と思います。
最期、近藤さんが……というシーンは美しすぎる気がしましたが、これはこれで有りかな、と思います。




そして、裏語薄桜鬼、の全体的な感想ですが……。

糖度
グラバー>高杉>以蔵=桂でしょうか。
ちなみに私は以蔵ルートが一番好きです。

微笑ましい恋愛を見たいなら以蔵。
甘い恋愛ならグラバー
対等になったり女扱いされたいのギャップなら高杉
伊藤博文に萌えたいなら桂

いやね、


桂ルートのシナリオかいた人

伊藤博文好きだろ

裏語 薄桜鬼_0987

こことか。


桂小五郎は元々柔らかい感じなので甘さが足りない感じがするのでしょうかね。

吉田松陰先生&伊藤博文さん充するなら桂小五郎ルートは最適。

シナリオは……歴史もっと絡めて欲しかった感じです。
何だかなぁと。
政変とか禁門とかもっと見せることに徹して欲しかった。

高杉なら功山寺挙兵
桂なら薩長同盟

ってあるわけだし。

グラバーだってもっと長崎とかで色々あったでしょうよ。
小松帯刀さんとかと……。
あ、帯刀さん好きです

オリジナルはかなり史実に忠実に「羅刹」という物を絡め合わせていたのに、
裏語では「羅刹」が一人歩きしている感じがしました。
薄桜鬼の丁寧なシナリオや練られたストーリー・・・楽しみにしていたのに。

監修変わったのかな???

アレならもう一つの「薄桜鬼」として
「羅刹」や「若変水」と言う部分だけを使った新作らして欲しかった。
薄桜鬼のハードな世界感を楽しみにしていただけに、ちょっと残念でした。
アニメ化とか絶対するなよオトメイトさん。

クソ確定になりそうだからな。






妄想してました。

えっと、普通の幕末志士の。

恋愛を。
勝さんとか榎本さんとか幕臣。

絶対榎本さんは鈍感だと思います(笑)

んで勝さんが何で気がつかないんだ、と。


あーつまらね。

幕末志士口吸い&口づけも思いついたのでまた今度。
つづきもだいぶ書き上がって来ました。

後二回ぐらいで第二部いけるかなー。

第一部いらなかったような。


ま、出会いという感じですねwww


あの三人の。

こっからおゆうたんをどんな風に困らせようか悩んでます。。。

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テーマ : 歴史 - ジャンル : 学問・文化・芸術

伊藤博文さん。

このブログでもよく言っていますが、私、伊藤博文さんが大好きなのです。
あの長州藩出身の、初代内閣総理大臣になったあのお方です。

伊藤さんは元は農民だから士分に取り立てられるまでに苦労してるし、
あの時代にイギリスに行ってるし。

交渉術も高かったし、努力の人。
英語が話せたのもあの時代にはプラスでした(^-^)

オープンな女好きとしても有名ですね。
余暇には女を口説き、それ以外にも茂みを見つけて女と、、、なんて人だったららしいですよ←
もう女であれば何でも良かったとか何とか。
でも政治能力や外交、交渉にも優れていました。
うひゃああああ//////
博文さん凄いっ♪
人柄も、若い頃は伊藤さんに会って話せば誰でも好きになったとか。
でも逆に晩年は誰にも相手にされなかったとか何とか。

あまり長州という感じがしない伊藤さん。
吉田松陰の松下村塾にも通っていたらしいですね。
ちなみに政治の才能がある、と松陰は評価しています。
先生の評価は凄い。

続きから注意。 






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幕末維新 暗殺・斬首第一回 「小栗忠順」 ほか

今日から暫く書いていく企画。

ぽちぽちとになりますが、考察を発表できればと思っています。

私自身至らないことが多いのでどれほどまで正確かは分かりませんが……。


小栗忠順とは、幕末の幕臣である。
勝海舟のライバルとして比べられることが多いが、勝より政治の才はあったと考えられる。

官位は従五位下豊後守、上野介である。
彼の功績は
・日米修好通商条約批准
・地球を一周
・洋式軍隊の整備、横須賀製鉄所の建設
・通貨の交換比率の見直しの交渉(失敗するも多くのアメリカの新聞は絶賛の記事を掲載)

などです。

鳥羽・伏見の戦いの後の評定では榎本らと共に徹底抗戦を主張。
慶応4年(1868年)1月15日、江戸城にて老中松平康英より御役御免及び勤仕並寄合となる。
3月初頭、小栗は一家揃って権田村の東善寺に移り住む。
水路を整備したり塾を開くなど静かな生活を行い兵の訓練などはしていなかった。


誰にとって小栗忠順が邪魔であったか。

<薩摩藩>
・大日本帝国海軍の基礎を築いた藩。
・鋼鉄受け取りの為と考えられる。
(鋼鉄の引き渡しは、慶喜の大政奉還後宙に浮いていたが、元々鋼鉄注文は幕府。
また、小栗が商談をしたとも言われている)

<長州藩>
・なんとしてでも幕府が関わっていると思われたくなかった。
小栗は後の鉄道建設など長州が関係する数多くの事業を考えていた。
ちなみに長州で小栗と考えが似ているのは伊藤・大村など武士以外の身分。
派閥で言えば「開明派」?


<恭順派の幕臣>
・小栗が幕府の主戦論を引っ張っていたら恭順派の幕臣達が暗殺されている可能性がある。


【小栗忠順の評価】
大隈重信は小栗について「明治政府の近代化政策は、小栗忠順の模倣にすぎない」と語った。
東郷平八郎は「日本海海戦に勝利できたのは製鉄所、造船所を建設した小栗氏のお陰であることが大きい」と言っている。

大鳥圭介は、小栗について「小栗は、剽悍な人物で、議論の盛んにした。武芸には達したが、洋書を読みこなすまではいたらず、洋学者から話を聞いては、世界情勢に留意していた。私どもが、(小栗の屋敷へ)行くといつも世界情勢の事を聞くから、知っている事を話したが、記憶力は非常に強い人であった。」と証言した

(Wikipediaより)

評価を踏まえると、

小栗忠順を歴史から排除することによって、
【自分たちが近代化の父・母である】と薩長は言うことが可能になる。

また、【自分たちが計画したとして、近代化をしたい】と考えた薩長にとって、
何より邪魔なのが小栗であったと考える事ができる。

また、小栗が死んで残りの幕臣達の命が助かったとも考えられる。

小栗は薩摩か長州辺りに生まれていたら日本近代化の父と呼ばれていたことでしょう。

幕臣一有能だった頭脳は、薩長の神話作成の為に殺されたのでした。

次は大村益次郎について話します。




そして今日はうたプリ見てました。
はるちゃんのピアノのシーンは良く分かる。
私もピアノしてるから……。
手が動かなくなる事とか普通にありますよ(笑)

しかし音也が素敵すぎる。
翔ちゃんの高所恐怖症とかバイオリンとかも良いね。
好みなのは翔ちゃんかな。

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言葉の美しさ。



その曲が非常に好きです。
真っ直ぐすぎて……。


私やっぱり旧幕派です。
旧幕は本当にばらばらでまとまりがなかったイメージがあるけど、良くやったよ、と思う。

薩摩と会津の愛国心も凄いけど、旧幕軍もあっぱれだよね。
・・・というか長州の愛国心の低さはなんなんだろうか。
伊藤さんとか井上さんとか海外に行った面々の愛国心は高かったらしいですが……。


幕府は元々は総徹底抗戦派だったわけだし、だんだん周りを見るにつれて考えが変わっていったと言うか何というかそう言うイメージ。
でももし小栗忠順が存命で、小栗と勝と榎本が徹底抗戦派の中心になっていたらと考えると恐ろしい。
我が強すぎるし、言い合いするしまとまりがつかなくなりそう。

なんだかんだ言いつつ最後に纏めるのは榎本さんな気がする。
小栗さんと勝さんの仲の悪さは異常だし(出来れば口をききたく無かったとか何とか。)


そう考えると言い合いする勝さんと小栗さんの間で仲裁する榎本さん……。
と言う図式が私の中に誕生します。。。

でも下には沢山控えてるし……。
山岡鉄舟とか大久保一翁・松平太郎・板倉勝静・大鳥圭介等々・・・
うーん・・・。

どういう風になったかなぁ・・・。

後、会津藩に河井継之助がいたらもう少し会津戦争は軽かった気がします。
会津の長州憎しは強い。

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薩摩・長州・会津

薩摩藩・長州藩・会津藩
藩と地元愛が強かったのはどこの藩かと考えてみました。

まず私が思う愛藩者とは敵方の愛藩者の気持ちも理解できる人のことです。

そこをふまえてまず、薩摩藩。

薩摩藩は非常に地元愛や愛藩者が多い藩です。
これは、西南戦争が起きたからと言うところもあります。
でも、一番はやはり、敵方にも寛大な処置をしたところでしょうか。
薩摩藩は、相手のことをよく見て、相手の立場になって考えすぎてしまうぐらいの人がおおいけいこうにあります。
西郷隆盛や桐野利秋、黒田清隆らが代表的ですね。

また、薩摩藩はほかの藩士たちのことを陥れたりする言葉を言いまくるなど品位が下がることもあまりしていないそうです。

次に長州藩。
この藩にはプライドが高く、自分が一番という考えの人が多いです。
また、普段はあまりまとまりか無いです。
その代わりいざとなったら驚異的な団結力を発揮します。
でも、あまり本当の愛藩者はいなかったのかな。
薩摩をイモザムライ
会津のことはいつまでもカイヅと呼ぶ。
極めつけは自分たちのことを
「誇り高き長州侍」と言っている人がいたとかいなかったとか。


次は会津藩。
ここも地元愛に満ちています。
そうでもしなければ会津戦争で何ヶ月も激戦を繰り広げることはないでしょう。
また、殿を敬愛する人も多く、殿の命が助かるならと
俺を斬首に
俺が切腹する
と申し出る人もいたと言われています。

幕末、特に有名で力が強かった三藩をみましたが、
薩摩の地元愛は異常です。
もう愛国者集団です。
裏で何かしてるのかといいたくなるほどです。

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